東京地方裁判所 昭和54年(ワ)5558号 判決 1981年1月26日
原告
平野智嘉義
右訴訟代理人
横山由紘
被告
塚田なみ
外五名
右被告ら六名訴訟代理人
原長栄
外一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一二〇万円及びこれに対する昭和五四年七月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分しその一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一当事者
原告が東京弁護士会に所属する弁護士であること、被告らの相続および家族関係が原告主張どおりであること、被告会社の代表取締役が原告主張のごとく交代していることは、いずれも当事者間に争いがない。
二事件委任契約の成立
被告なみが、原告に対し被告なみ個人、被告会社の代表取締役、その余の被告らの代理人として坂巻慶一との間の本件土地の借地権に関する紛争事件の解決につき委任をしたことは、当事者間に争いがない。
三原告の報酬請求権
1 約定報酬額について
原告は、受任に際し被告なみとの間で報酬として被告らが、確保しえた本件土地の借地権価額の二〇パーセント相当額を支払う旨の約定が成立したと主張するので、右主張について判断する。
この点について、原告本人の供述によれば、原告は、一般に事件を受任する際に依頼者に対し報酬総額は訴訟価額の二〇パーセント程度を考えておいてもらいたい旨説明し、被告なみに対しても同様の説明をし、同被告はこれに対しことさら異議を述べていないこと、しかしながら、原告は、一般に事件の難易や労力の程度等の諸般の状況の如何にかかわらず常に訴訟価額の二〇パーセント相当額を報酬として請求しているわけでは決してなく、最終段階でこれらの状況を総合勧案して報酬額を確定していることを認めることができる。してみれば、原告本人のこれに反する供述にもかかわらず、原告が被告なみに対しなした報酬は借地権価額の二〇パーセント相当額という説明は、事件の難易、労力の程度等の諸般の状況によつて最終段階ではじめて確定されるべき報酬額について依頼者の心構えのために表示された一応の目安と考えるべきものであつて、原告の右説明およびこれに対する被告なみの一応の了解をもつて一定の報酬金額を支払うべき拘束力ある約定が成立したと解すことはできない。
従つて、原告の報酬額について約定があつた旨の主張は失当である。
2 東京弁護士会弁護士報酬規定による旨の約定について
原告は、被告なみとの間で報酬については原則として東京弁護士報酬規定による旨の約定をしたと主張するが、原告本人の供述によれば、原告は、被告なみから事件を受任するに際し右弁護士報酬規定の内容について特に説明をしておらず、かつこれに関する説明書などを交付してもいないことを認めることができ、原告と被告なみとの間で東京弁護士会の弁護士報酬規定が原告の主張する同規定五条のごとき依頼者にとつて不利な内容を有する細目に至るまで合意されたと解すことはできない。もつとも、原告本人の供述によれば、原告は被告なみに対し報酬について東京弁護士会の弁護士報酬規定による旨を告げていることが認められることや、右弁護士報酬規定の公共的性格等から、原告の受けるべき報酬の適正額を判断するについては、右弁護士報酬規定は当然に斟酌されるものというべきである。
3 相当報酬額支払の約定について
原告と被告ら間には右判示のごとく報酬額について約定はなかつたことになるといわざるをえないものの、右判示の事実関係から明らかなように、少なくとも原告と被告なみとの間には被告らが適正妥当な報酬額を支払う旨の暗黙の合意が成立していたものと解することができる。
4 報酬支払債務の被告ら間の関係について
被告なみが原告に対し被告なみ個人、被告会社代表取締役、その余の被告らの代理人として報酬を被告らが連帯して支払う旨約したことを認めるべき証拠はないが、後記のとおり本件土地の借地権は被告会社を除くその余の被告ら全員の準共有であり、被告会社は本件土地上に建物を工場として使用しており、本件土地の借地権の存否をめぐる紛争解決のために弁護士に対し事件委任をすることは被告らが共同不可分に利益を得ることに対応する費用というべきであるから、被告らの原告に対する報酬支払債務は性質上の不可分債務というべきである。
四委任事件の概要
1 請求原因四の1ないし4の事実<編注・委任事件の概要>は当事者間に争いがない。
2 <証拠>によれば、本件土地上の建物はかなり老朽化した建物であつたこと、しかしながら工場その他の使用には今日まで十分耐え得てきていること、借地契約に地上建物の新改築禁止の特約があること、坂巻慶一は別に土地を借りて居住しており、同人が本件土地を自己使用する必要性は一応高かつたことを認めることができる。
五原告の委任事件の処理状況
1 処理の基本方針
原告が被告なみと協議したうえ受任した事件の処理につき原告主張のような基本方針を立てたことは、当事者間に争いがない。
2 示談交渉
<証拠>によれば、原告が高氏弁護士との間でその主張のごとく示談交渉等を行つたことを認めることができる。
3 調停手続
坂巻慶一から被告らに対し原告主張の調停事件が申立てられ、結局のところ不調に終つたことは、当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば、原告主張のごとく調停期日が開かれ、原告主張のごとき経過をたどつて右のように不調で終了したことを認めることができる。
4 訴訟手続
原告主張の日にその主張のごとき内容の訴訟事件が提起され、裁判所から和解勧試があつたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、昭和四六年一二月二日から昭和四七年一〇月二〇日まで七回の口頭弁論が行われ、その間に原告は被告なみと二回弁論のための打ち合わせをしていること、この間原告である坂巻慶一の訴状の陳述、原告が起案した昭和四六年一二月二日付の被告らの答弁書の陳述、同じく昭和四七年七月五日付の第一準備書面の陳述、同年三月二九日付の第二準備書面の陳述がなされ、そして原告である坂巻慶一の同年一月二八日付の準備書面の陳述がなされたこと、そして、原告および高氏弁護士とも気付かなかつた本件土地の賃貸借期間の満了時期の算出に借地法一七条等を適用することにつき、訴状答弁書陳述段階で裁判所から指摘があり、この指摘を受けて原告の起案した右第一準備書面によつて右法条を適用した正当な期間満了時期は昭和五六年三月であることが明らかにされ証拠調べを俟たずに坂巻慶一の請求は棄却されるべきことが確実となり、これが裁判所による冒頭段階における和解勧試の理由となり、原告である坂巻慶一ないしその代理人である高氏弁護士が和解による解決を積極的に受け入れた主な理由となつたことを認めることができる。
5 和解手続
和解が結果的に不調に終つたこと、およびその後原告である坂巻慶一が訴を取下げ、これによつて訴訟が終了したことは、当事者間に争いがない。
さらに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
和解期日は昭和四八年一月一六日から昭和五二年一一月二四日の和解打切りに至るまで三五回開かれ、原告は右各期日に自らまたは復代理人によつて出頭したうえ、主として被告なみと綿密な打ち合わせ連絡をしながら和解成立に鋭意努力を続けた。
被告らは、当初の前記基本方針に則り、借地権と底地権の価額割合等を斟酌のうえ借地権と所有権を交換することにより被告会社の敷地部分及び公道へ至る道路部分を確保しようという方針で臨んだところ、右借地権及び底地権価額算出のため、右手続中裁判所の選任した鑑定人である吉野不動産鑑定士による鑑定評価額が出されたが、これを不満とする被告ら側は自ら選任した田原不動産鑑定士作成の鑑定書を証拠として提出するとともに、右田原鑑定士を補佐人に選任して吉野不動産鑑定士を証人として尋問するなどして右交換に伴い被告らが坂巻慶一に支払うべき清算金の額を極力減らす努力を続けた。和解における話し合いは昭和五二年初めころまでは被告なみが被告らを代表して原告からの連絡を受け、また原告と打ち合わせを行ない、最終的には被告らから坂巻慶一に対し支払うべき金額が借地権と底地権との交換差額としての清算金の外に被告らは税金のかからない裏金を支払い、昭和三〇年頃までさかのぼつて地代を値上げし、かつ将来坂巻慶一が訴外松本周子から貸借している土地を買いあげる際に被告らが右代金の一部を負担するという被告らにとつてかなり大きな負担を伴う和解案になつた。
右和解案は、当面係属する訴訟事件が賃貸借期間の期間未到来によつて請求棄却ないしは訴の取下げによつて一応の解決をみたとしても、近い将来再び同様の訴が提起され今度は勝敗に対するかなり厳しい見通しのもとに応訴せざるを得ないことを考えると、被告らにとつて決して一方的に不利な和解案とはいえず、合理性のある和解案というべきものであつた。しかしながら、昭和五二年六月頃の和解期日には、その頃までに被告なみとともに被告らの意向を代表するようになつた被告塚田康男が出頭し明確に右和解案を拒絶し、その後原告からの再三の努力、説得にもかかわらず被告らは意を翻えすことがなかつたため、坂巻慶一が賃貸借期間の満了日未到来を理由に前示のごとく訴を取下げることにより訴訟終了に至つた。
六相当報酬額
そこで、被告らが原告に対し支払うべき相当報酬額について判断する。
右相当報酬額の算定については、既に触れてきたように、事件解決により依頼者の受ける経済的利益、依頼目的の成否、事件の難易、係属期間の長短、訴訟実費及び労力の程度、依頼者との関係、所属弁護士会の報酬規定その他諸般の事情を斟酌し、かつ当事者の意思をも推定して算出すべきものと解すのを相当とするところ、(一)既に見たとおり、本件の委任事件の概要は坂巻慶一から被告らに対する貸借期間満了を理由とする本件土地の明渡請求であり、本件土地上の工場で材木店を営む被告らとしては右工場の敷地部分と公道に至る道路部分の確保が必要であり、依頼目的の成否に関しては右敷地部分と通路部分の確保が最底の基準となるところ、訴訟事件は最終的には坂巻慶一の訴取下げにより終了し依頼目的は一応達せられたといえること、(二)しかしながら、右訴の取下げは担当裁判官の指摘により原告である坂巻慶一の賃貸借期間の算定に誤りのあることが判明し、その明渡請求が棄却を免れないことが避けられなかつたためであり、それゆえ坂巻慶一から賃借期間満了時に再び訴を提起される蓋然性が高く根本的な解決とは評し難いこと、(三)また終局的な紛争解決を目指し被告らの同意のもとに原告によつて進められた借地権と所有権の交換を基本とした和解手続も最終的には被告らから坂巻慶一に対し支払われるべき金額が大きすぎることを理由に被告らが最終的な和解案を拒絶し話し合いは不調に終つてしまつたが、右最終的な和解案は事件の終局解決にとつて合理性のあるものということができ、和解成立に向けなされた原告の努力は評価されてしかるべきであること、(四)他方、東京弁護士会の弁護士報酬規定によれば、同規定一八条一項は、手数料および謝金について、経済的利益の価額が一〇〇〇万円までの累計額は手数料、謝金のそれぞれにつき八四万五〇〇〇円(増減許容額が五九万一五〇〇円から一〇九万八五〇〇円)、一〇〇〇万円を越え五〇〇〇万円以下の部分については手数料、謝金のそれぞれにつき五パーセント(増減許容額は3.5パーセントから6.5パーセント)と定めていることは当裁判所に顕著な事実であるところ、<証拠>によれば本件で右経済的利益にあたる本件土地の借地権価額については、前記和解手続で所有権と借地権を交換した場合の清算金が問題となつた際に、不動産鑑定士の鑑定するところとなつたが、裁判所の選任した鑑定人である吉野不動産鑑定士により九三三万九〇〇〇円、被告らの依頼した田原不動産鑑定士により二三五一万四〇〇〇円と鑑定評価されていることが認められ、右各鑑定書の鑑定の方法その他を検討すると、本件土地の借地権評価額は一八〇〇万円内外と考えるのを妥当とすること、なお、本件土地の借地権評価額が右のとおりであるとすると、前記弁護士報酬規定によれば報酬基準額は手数料、謝金のそれぞれにつき一二四万五〇〇〇円(増減許容額が八七万一五〇〇円から一六一万八五〇〇円)となること、(五)その他既に見た事件受任の際になされた弁護士報酬に関する原告の説明、和解成立のために費した原告の労力、これから合理的に推認される訴訟実費、和解不成立に至つた経緯等本件に顕われた諸般の事情を総合して考えれば、本件の委任事件につき被告らが原告に対し支払うべき報酬金額は二三五万円をもつて相当と解すべきである。
被告なみから原告に対し既に金一一五万円を支払つていることは当事者間に争いがない。従つて結局被告らは原告に対し報酬残額として各自一二〇万円及びこれに対する被告ら各自に対し訴状送達のなされた日の後である昭和五四年七月七日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるということができる。
七結語
よつて、原告の被告らに対する本訴請求は被告らに支払義務のある右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(落合威 塚原朋一 原田晃治)